研究者:<ゆりこ>
1.研究の経緯
・<ゆりこ>は最近社会人になった。
・まだ職場に慣れていないためか、職場で人と話す時になると、ものすごく焦ってしまい、事前に考えていた内容とか、自然に答えるべきようなことではなく、自分が言いたくないことを言ってしまうことがある。
・<ゆりこ>が<べとりん>に相談したところ、「当事者研究をしてみない?」と<べとりん>が言い出したため、研究を了承した。
2.研究の結果
概要
・<ゆりこ>は、「共同体に入ろう(入らなきゃ)」という気持ちが強く、この気持ちを満たすために行動している。
・「共同体に入ること」とはつまり、人間関係として、他のメンバーとつながることであり、仲間として認められることである。
・「共同体に入る」ための戦略を、「キャラ」(自分の振る舞い方のパターン)と呼び、複数の種類を持っている。中でも強力なものに「チビ子ちゃん」(仮名)がいる。
・使える安定した「キャラ」が無い時、<ゆりこ>は「事前にイメージをまとめておく」という戦略を取り、それも出来ない時は「ものすごく焦る」。
・関わる相手の種類や、今の状況によって「まなざし」(自分の行動を監視するもの)が発生する。「まなざし」によって、使える「キャラ」が制限される。また、相手の年齢によっても「まなざし」は大きく変わる。
・自分を常に監視している「まなざし」には、「1.外に出している(他者に見せている)ものと、内に秘めているもの(自分が考えていること、やっていること)が一致しているべき」「2.失敗はしてはいけない(自分の手違いや失敗のせいで他人に迷惑をかけるのはいけないこと)、いかなる責任も負いたくない」などがある。
・職場で働くまなざしには、「3.職場なのだから、キビキビシャキシャキと仕事ができる人であるべき」「4.人と話す時に焦ってはいけない」などがある。
戦略1:「チビ子ちゃん」
・「キャラ」の一つに、「チビ子ちゃん」がある。
・「チビ子ちゃん」は、<ゆりこ>が長く慣れ親しんできたキャラの一つである。
・「チビ子ちゃん」は、「必要最低限のことができないけど、みんなに助けてもらいながらなら何とかできる子」である。
・「チビ子ちゃん」は、<ゆりこ>が中学生の時に、コミュニティに入れない不安を感じた時に生み出された。それは、いきなり新しいクラスに入った時、勉強ができる子だったせいで周りから少し嫌な目で見られたため、自分も教えてもらう側に立つことで仲間に入ろうとしたからである。
・「チビ子ちゃん」は、自分の事を語るときに、ちょっと大げさに自分の「出来ない子」ぶりを語る。語尾に「ですよ~」がつくことがある。
例:少し遠回りをしてしまった時
「こっちの階段が進めなくて遠回りしました」を「迷子になっちゃったんですよ~」と言い換える
・どうしていいのか分からず焦っている時、失敗しそうな時、周りから責められているように感じる時などは、「チビ子ちゃん」が<ゆりこ>に「憑依」してくる。
・「チビ子ちゃん」は、例外的に失敗を許される子である。<ゆりこ>は何らかの失敗をしてしまった時、「チビ子ちゃん」を使うことで、失敗を「チビ子ちゃん」にお任せすることができる。
・職場では、「3.職場なのだから、キビキビシャキシャキと仕事ができる人であるべき」というまなざしがあるせいで、「チビ子ちゃん」を呼び出すことができない。間違って呼び出してしまうと、すごく焦る(戦略4)。
戦略2:「ゆっくりさん」
・「ゆっくりさん」も、<ゆりこ>が親しんできたキャラの一つであるが、まだキャラが安定しておらず、すぐに呼び出せるわけではない。呼び出し方が分からなくなる時もある。
・「ゆっくりさん」は、てきぱきと仕事をこなすタイプではないが、焦ることなくゆっくりと着実に仕事を進めることができる。
・<ゆりこ>は「ゆっくりさん」のことを、現実的に実現可能な理想像として捉えている。
戦略3:「事前にイメージをまとめておく」
・人前に立つ時に、「こういうことを言おう」とか「こういうふうに話そう」と、今回の理想的な計画を考えておく。
・焦ってしまうと、「チビ子ちゃん」に憑依されてしまい、事前の計画を捻じ曲げられる時もある。
戦略4:「ものすごく焦る(とにかくなんか喋る)」
・使える戦略が無くなってしまった時の戦略である。
・「どうしたらいいのか分からない」時に発動する。
・<ゆりこ>は「共同体に入りたい」という気持ちが強く、また「自分の内側と外側が一致しているべき」という「まなざし」の影響を受けているので、その場から逃げ出す、黙り込んで自分が話さなくても良くなるタイミングが来るのを待つ、という選択を取ることができない。
・そのため、もっと喋らなきゃと思い、余計に焦りが増す、ということが起こる。
・職場だと「4.人と話す時に焦ってはいけない」というまなざしがある。そのため、「焦っちゃいけないんだ」と思うが、使える戦略が完全に無くなってしまい、「じゃあどうすればいいんだ」と、さらに焦ってしまうことになる。
<ゆりこ>の「まなざし」の分析
・まなざしとは、相手が自分の振る舞いを見ている時に、「こう振る舞わなきゃ」「こうしなきゃ」と<ゆりこ>が感じる相手からの圧力のことである。
・「まなざし」は<ゆりこ>が使える戦略を制限する。
1.外に出している(他者に見せている)ものと、内に秘めているもの(自分が考えていること、やっていること)が一致しているべき
・今の行動と、自分が以前発言したり申請したりしたことが、食い違っていることに耐えられない。
2.失敗はしてはいけない、いかなる責任も負いたくない。(自分の手違いや失敗のせいで他人に迷惑をかけるのはいけないこと)
・例えば、飲食業の接客でも、突然倒れたお客さんを自分が介抱するのは構わないが、自分の手違いで飲み物を届けるのが遅れるのは許せない。
・自分が責任を負うことに強い抵抗がある。
3.職場なのだから、キビキビシャキシャキと仕事ができる人であるべき
・就活のときに刷り込まれたまなざし。
・「自分を下げてはいけない」という意味でもあり、このまなざしは「チビ子ちゃん」の登場を禁止する。
・特に30歳ぐらいの年代の人を相手にしている時に強くなる。後輩相手ではむしろ、相手に目線を合わせるように、自分を下げて対応した方が良いと考えている。また、それよりも遥かに年齢が上の人の場合、自分のできないことを素直に認め、相手の話をふんふんと聞く方が良いと考えている。
4.人と話す時に焦ってはいけない
・「焦らないで」と言われたことが原因