研究者:<べとりん>
研究の概要
<べとりん>が持っている「空間へのこだわり」について、分析を行った。
すると、「空間からのまなざし」という視点が出てきた。
<べとりん>が「空間からのまなざし」をいかにして乗り越えているのか、日々の実践について記述した。
1.研究の動機と目的
・<べとりん>は将来臨床の仕事に就きたいなぁと考えているが、臨床の仕事はメンタルがやられそうなので、自分には不可能だと感じている。
・なぜなら、これまで塾講師やイベントスタッフのアルバイトなど、他人に雇われて対人の仕事をする度に、とてつもないストレスを感じてきたからである。
特に、イベントスタッフのアルバイトでは、他の大学の人は何も不自由なく簡単にこなしていた車椅子貸し出しの受付の仕事で何度も失敗して怒られ、二日目の帰り道に一人で泣き出すという事態を起こしている。
・自分が臨床の仕事に就くのがなぜ怖いのか、どうしてメンタルがやられそうだと感じるのかについて研究を行い、できることなら改善したいと考えた。
2.研究手法
・自分の経験の中で、自分の苦労の特性が最も良く反映されていると思う経験を研究協力者に語り、その内容をメモしてもらった。
・メモを読み返しながら、自分の経験に共通するパターンを探し出し、図にまとめた。
・図を解釈しながら、この図で説明できそうな過去の経験をさらに整理し、より理論の精緻化を図った。
3.研究の成果
「空間の役割・4階層モデル」が提唱された。
「空間からのまなざし」とは
<べとりん>は、自分がいる「空間」に強いこだわりを持っており、「空間」によって自分の役割が規定されている、といつも感じていた。
そして、その役割を遂行できないときにとても強い不安を覚えていた。
このような「空間」の機能について、「空間の目的」「戦略・文脈」「役割意識」「個人の行動」の4階層に分類し、分析した。
「空間」の全体像
・それぞれの「空間」は、必ずその空間が生成された理由である「空間の目的」を持つ。
・「空間の目的」を達成するための具体的な方策やルールのことを、「戦略・文脈」と呼ぶ。
・「戦略・文脈」に従って、その空間の成員一人一人に、それぞれの役割が割り振られ、「役割意識」が生まれる。
・それぞれの個人は、自分の「役割意識」を達成しようとして、「個人の行動」を決める。
<べとりん>と「空間」の関わり
・<べとりん>は、四階層それぞれが一直線の理屈できれいに結ばれていると、自分に自信を感じ、安心する。
・隣接する2階層の間に「ギャップ」や「ズレ」が生じると、それが「つらさ」や「不快感」、「罪悪感」として経験される。
・「ギャップ」が持続すると、その場から逃げたくなり、「消えたみ」「死にたみ」などが発生する。
・「空間の目的」や「戦略・文脈」が読み取れない状況でも、自分の「個人の行動」が「空間の目的」や「戦略・文脈」に一致しているかどうか確信が持てないので、不安や消えたみが発生する。
・<べとりん>は、普段は自分の「個人の行動」のみ操作可能だが、様々な戦略を使うことで、他の階層を操作することが可能である。
二、それぞれの項目の具体的な説明
・空間
定義:自分が所属している空間。一つ一つの空間は、その空間が形成された理由でもある「空間の目的」を持つ。
・空間は「境界」を持つ。境界は短期間に激しく変動し、その空間の濃度を規定する。「境界」内では、同じ目的と文脈が共有される。逆に、同じ目的と文脈を共有しない者は、空間の境界の外側に出される。
・人間関係も「空間」の規定要因の一つである。例えば、道端と先輩に遭遇した場合、「先輩後輩関係」という空間が形成される。
・空間の目的
定義:空間が持つ目的のこと。空間は目的に従って運動する。目的に従わないものは、空間の境界の外側に出される。
・空間の目的は、少しずつ変動する。それぞれの成員が持つ、「目的」を修正、変更、決定する能力の高さを「目的決定権限」と呼称する。
・「目的決定権限」は、お金を払った人、その空間を作った人ほど強くなる傾向がある。また、客や観客など、その空間が生み出しているサービスのエンドユーザーは、目的決定権限が高くなる。
・自分がその空間に深くコミットしている時、「空間の目的」が十分に果たされないと、「つらさ」や「死にたみ」を感じる。
・戦略・文脈
定義:空間の目的を叶えるための具体的な方策のこと。
・「目的決定権限」と同じように、「戦略決定権限」を定義できる。
・「戦略決定権限」は主にその場の責任者やリーダーが握っていることが多い。
・もしリーダーがいない場合、その場にいる人間のなんとなくの雰囲気で決定される。
・役割意識
定義:その空間内での理想的な立ち振る舞いのこと。戦略・文脈に従って、それぞれの成員に「役割意識」が割り振られ、その役割を遂行することが求められる。
・その人の責任に従って割り振られる。人によって強度が違う。
・責任の重い人ほど、強力な役割意識が割り振られる。
・能力が高い人ほど、責任は重くなる傾向にある。
・個人の行動
定義:個人が遂行する行動。それぞれの個人は、割り振られた役割意識に従って行動する。
・理想的な立ち振る舞いとしての「役割意識」と、実際の自分が可能な行動の間にあるギャップが、「居心地の悪さ」や「つらさ」として感じられる。
・つまり、それぞれの個人は、一人一人が「役割」を遂行できているか、空間から監視されている。これを「空間からのまなざし」と呼んでいる。
・自分が出した成果が、自分の中の理想に届かないと「死にたみ」がある。
(「役割意識」と自分を比べる傾向があるので、すごく成果主義?)
三、それぞれの項目の具体例
塾講師のバイトをしていて辛くなったときの例。
空間:「塾」
空間の目的:「生徒(お金を払ったお客)の学力を伸ばすこと」「塾の経営がうまく回ること」
戦略・文脈:「授業のやり方」「指導法」「指導の熱意」「あいさつの仕方」「机の並べ方」「生徒との接し方」「先輩とのコミュニケーション法」「黒板の取り方」「採点法」「講義の題材」などなど・・・
役割意識:「私は生徒に対して分かりやすく、合格できるように古典を教えなくてはならない」「前任者の先生はすごかったし、私は塾に雇われた身だから、生徒にこの塾を失望させるような拙い講義をしてはいけない」
個人の行動:「十分な練習ができないまま初めの集団講義に放り出され、下手なので生徒にヒソヒソ笑われた。ちゃんと講義できるようにするため、一回60分の講義のために無給で3時間くらい予習をすることになり、結果として時給500円くらいに。」→つらくてやめる
四、「まなざし」への対処行動
戦略1:「空間の目的」「戦略・文脈」を自分で決められる立場になる(お山の大将タイプ)
・自分で空間を作る。部長になる。司会になる。
・悪目立ちする。普通ではないくらいに口を出しまくる。頭を突っ込む。
こうすると、「空間の目的」を自分の意志に合わせて変えることできるため、「役割意識」と「自分の行動」の間にギャップが生まれにくくなり、とても楽になる。
問題点:
自分の力で修正・変更できない「目的」の達成のために、他の人の行動を決める立場(=中間管理職的な立場)になった場合、「空間の目的」を達成できない「つらさ」でますます押しつぶされることがある。
例えば、演習講義の班長になった時、「空間の目的」は指導教官が握っているものの、「戦略・文脈」は自分が握っている。この時、空間に属するその他の成員の「役割意識」を、自分の権限で強く影響付け、決めていることになる。
この時、自分が「戦略・文脈」以下全ての決定権を握っているにも関わらず、「空間の目的」を果たすことができないという、大きすぎるギャップに苦しみ、他の状況では経験しないような強烈な死にたみが発生する。
この状態に入ると、他人の「役割意識」の決定の責任が自分にある状態がたまらなく嫌になる。
例えば、自分が指示しないとその組織の誰も全く動いてくれない状態は、ものすごく不安になる。
戦略2:「空間の目的」を拡大解釈orメタ視orネタ化し、読み換える。
・より大きな枠の空間に捉えなおす。(例:「部活」→「高校生活」 「塾講師」→「アルバイト」)
・今ある目的が成立しないような価値観を出す。(例:「役立たなきゃ」⇔「才能の無駄遣い」)
・「空間の目的」や「戦略・文脈」の階層にメタ言及する。
(例:相手の目の前で「できるだけ気軽なコミュニケーションをしていこうな~」と言う。)
戦略4:自分の能力の限界を積極的に表出し、自分に割り振られる「役割意識」の負担を下げる。
・「ダメ人間だから」などと言い、自分に与えられるハードルをできるだけ低くしておく。
戦略5:「例外的ポジション」を獲得しようとする
・アイツは「変な奴だから」と周りに見られるような地位を獲得する。
・自分が空間の目的に当てはまらない人間であることをアピールする。
例:(「俺って〇〇な人間だから~」と言う。)
・変な自称や肩書を身に付ける。自己紹介文に変なことを書いておく。
戦略6:不安になると、その場のルールを理解しようとする
・「空間の目的」や「戦略・文脈」が読み取れなくて混乱している場合に有効。
・とにかく「空間の目的」や「戦略・文脈」を読み取り、整理しようとして、色んなモノを分析し始める。
戦略7「空間」の圧力から逃避し、できるだけ批判を受けないように縮こまる。(最後の手段)
・「空間の目的」や「戦略・文脈」が読み取れなくて混乱している場合にこの戦略を取る。
・ルールの枠からはみ出したり、ルール違反をしたりしないように、
できるだけ縮こまり、その場に自分がいないものとして振舞う。
・とくかくできる限り誠実に、他人に批判されるような行動を一切取らないように対応する。
問題点:
・こうなると、他人にあいさつをするだけですら怖い。行動するのが全部怖い。
・一つ一つの行動が、大丈夫なのかどうか不安になる。
・なんかもう、何もかも怖い。つらい。逃げたくなる。
五、その他の関連する特徴
特徴1: 「浮いた言葉」が怖い
基本的には、解釈できない情報に対する恐怖感がある。解釈できない情報が多いと、「空間の目的」や「戦略」を定義できなくなる。特に、言外or言内に規範意識を含む言葉が、話者が見えないまま、空間に残されており、かつ自分に返答を迫ってくる場合が一番怖い。文脈ではなく、それそのものが監視能力を発揮するので、キツイ。
特徴2: 自分が「お山の大将」になっている時、他人の行動にまで責任感が及ぶ
例えば、自分が作った作品じゃなくても、自分の配下の人作品の出来が悪いと、自分が悪かったような気持ちになって死にたみが出る。
これは、「戦略」を握っている人間は、その空間に属する全ての人間の「役割意識」の責任を持っている、という感覚から由来する。この時、その空間に属する全ての人間が、自分の意見に強く影響を受ける事を前提に考えている。
自分の努力や自分の行為がそのチームのパフォーマンスを完全に左右するような状態が怖い。自分の行動と、空間の目的の一致が密接にくっつき、ギャップが明確になるからである。
逆に、自分よりもできる人がチームにいて、自分が頑張らなくても理想に達するものができると分かっている時は安心する。自分が「戦略」に与える影響が減るからでもあり、自分に割り振られる「役割意識」が小さくなるからでもある。
特徴3: 他人の期待に影響を受け過ぎる
「空間の目的」は、他人からの期待に大きく影響を受ける。
そのため、他人からの期待が完全に叶う形になることを無意識に理想状態として仮定してしまい、自分の作ったものが理想に届かないと、死にたみがある。
臨床現場や対人の仕事では、「患者(クライアント)」が「空間の目的」を決める絶対の権力者であり、それを叶える側の自分の事情は「空間の目的」を決める際に一切考慮されず、目的決定権限が極めて小さい。そのため、自分の能力不足に苦しみ、逃げ出したくなる。
塾講師の時も、自分は全く経験が無い新人講師にも関わらず、受験直前の高校3年生の指導を任されて辛くなった。自分の頭の中では、目の前のクライアントの要求が絶対で、自分の能力の低さが一切考慮されないからである。
そのため、医師などの仕事をしていても、研修医時代に「これは良い医者になるためだから」と、失敗を重ねるのができないのではないか、と不安である。「自分の事情が理由で、最高のサービスが提供できない事、失敗すること」が許せないからである。今の目の前の患者にたいして、自分なんかが診るのは申し訳ないと思ってしまうのである。
特徴4: 逃げられない「他者との関わり」に巻き込まれる前に逃げたがる
「他者の期待が強くなる空間」に踏み込むこと自体を恐れる。例えば、お金をもらうと、他人から与えられた理想に応えるのが自分の責務になる空間に巻き込まれる(契約空間)ため、ものすごくつらくなる。
また、飲み会や同窓会など、他者の期待を受けることが明白な空間に踏み込むことが嫌。さらに、人の多いお店や初めてのラーメン屋など、振る舞い方が分からない空間が極度に怖い。
特徴5: 戦略が制御可能であることを重視する。
「空間の目的」が制御不可能でも、「戦略」が制御可能だと、少し楽になる。「自分の行動」との間にゆるみが生まれ、整合性を取りやすくなるからである。
例えば、塾講師と家庭教師では、家庭教師の方がずっとマシである。なぜなら、塾講師は戦略が経営陣にすでに定められていて、制御不可能である。対して、家庭教師では個人でやっているため、戦略は制御可能である。
また、会議に参加する時は、平メンバーで参加するよりも、司会として参加している方が安心することがある。なぜなら、平メンバーでは自分の行動が「戦略」に適っているか分からないが、司会ならば「戦略」そのものを制御可能だからである。
特徴6: 物事にはすべて理由があると考え、合理性を押し付けようとする
「空間の目的」が定義できない限り、自分の行動を決められないので、とにかく物事の裏側にあるものを考える。「空間の目的」は、その空間内に存在する全ての成員が共有できるようなものであることを必要とする。ある意味、とても民主的なものと言える。
そのため、普段から合理的に考えること、全員の意見の違いを乗り越えられるような「土台」を探すことにこだわる。また、その「土台」に対しては強いこだわりを持ち、その「土台」を他人に押し付けることにためらいが無いところがある。「土台」を壊すような意見に対しては、強く反発したり、全力で潰そうとしたりする。
研究の感想
<べとりん>
かなり膨大な量の記述になってしまったが、今まで別々の問題だと思っていたものが、実は繋がっていたことがわかり、とても面白かった。
私の自己病名は「ちぐはぐ自己愛性メサイアコンプレックス お山の大将タイプ」なのだが、どの要素も根本的には「空間からのまなざし」という視点で説明できることが分かった。
この成果を研究会で発表したところ、どうやら人間関係も「空間」として機能しているのではないか、という指摘を得た。
「教授と生徒」「先輩と後輩」「友人」などの人間関係は、そこにいる一人一人の役割を規定している。
つまり、人間関係そのものが「空間」として機能しているのではないか、という指摘である。
今後はこの仮説について、研究を進めたいと思っている。
今回のモデルを「名付けられた空間」モデルと呼称し、次回は「名付けられた関係」モデルについて発表したいと思っている。